共存と共生

2026年09月03日

共存と共生


目次

  1. はじめに
  2. 「共存」とは何か
  3. 「共生」と何か
  4. 共存と共生は対立するのか:共存あっての共生


はじめに

「共存」と「共生」という言葉は、まったく別の概念だと思われることもあれば、同じような意味として使われることもあります。

わたしが代表を務める「ワイルドディアイニシアチブ(WDI)」では、「シカとの平和共存を目指して」というスローガンを掲げています。あえて「共存」に「平和」という言葉を添えているのには理由があります。「共存」という言葉そのものに、野生動物への配慮が自動的に含まれているわけではないからです。

これは「共生」という言葉でも同じです。「共生」自体は「よりよいもの」(*1)とイメージされがちですが、「共存」や「共生」という言葉を使ったからといって、野生動物の利益が優先されいるとは限りません。たとえば、「人間と野生動物との共生のために、野生動物を『適正な数』まで減らす」という考え方も、「共生」という言葉を使って表現されることもあります。

だからこそ、わたしは「共存か共生か」という言葉の概念を対立させるのではなく、「私たちは野生動物と、どのような関係をつくろうとしているのか」を考えることが重要だと思っています。双方は、対立関係やまったくの別物でもなく、地続きの概念なのです。


「共存」とは何か


「共存」とは、「2つ以上の集団が互いの違いを尊重し、非暴力的に紛争を解消しながら共に生活する状態のこと」(*2)と定義されることがあります。共存は非常に広い言葉であり、多角的に用いられます。

たとえば、野生動物と人間が同じ地域に生息すること、異なる民族や文化が同じ社会に存在すること、複数の生物種が同じ生態系に存在することなどです。

ここで重要なのは、「共存しているからといって、両者が常に利益を得ているとは限らない」ということです。シカと人間が同じ空間に存在している場合、人間側には農業被害が発生することがあり、シカ側には交通事故や生息地の奪い合いが生じます。このような摩擦がある状態であっても「シカと人間が共存している」と表現できてしまうのです。共存は、基本的には「関係の存在そのもの」に重点を置いた言葉と言えます。

国際紛争解決や平和構築の専門家であるアンジェラ・ニャウィラ・カミンワ(Angela Nyawira Khaminwa)博士は、共存について以下のように述べています。


1.(時間や場所で)共に存在し、相互に寛容な状態で存在すること。
2.違いを認識し、それと共に生きることを学ぶこと。
3.個人またはグループ間の関係において、どちらの当事者も相手を破壊しようとしていないこと。
4.寛容、相互尊重、そして暴力に訴えることなく紛争を解決するという合意へのコミットメントを持って交流すること。


共生含まれる、属性の異なる相手への配慮や尊重という関係性にはグラデーションがあり、言葉の使われ方によっていくつかの段階が存在します。

以下の「積極的な共存」の姿勢は、わたしの考え方と非常に近いものです。


  1. 消極的な共存: お互いに完全には望まないけれど、衝突を避けるために折り合う状態。
  2. 規範的な共存: 相手の存在権利や不可侵性を認め、「お互いに害を及ぼさないよう、領域を侵さない」という一定のルールを設ける状態。
  3. 積極的な共存: 相手の生き方や主体性をそのまま認め、力でコントロールしようとしない状態。相手の存在・利益・暮らしを認め、それを可能にする環境や関係を積極的に作っていこうとする姿勢。


わたしが支持している「思いやりのある保全(Compassionate Conservation)」の研究者たちは、明確に定義された概念ではないものの、共存のあり方について以下のように述べています。


「共存とは、単に人間の欲求を妨げない限り他の生命を容認することではありません。むしろ、人間以外の生命の主体性を、私達自身の主体性と並行して抑制しつつも、同時にその主体性を可能にすることです。それは、野生の生命を、私たちの社会と生態系の共同体の本質的な一部とみなすことです。私たちは両方に対して義務を負っているため、人間の幸福だけでなく、他の動物の幸福も促進するために、賢明に積極的に行動する必要があります。」(*3)


この考え方からも分かるように、ここでいう「共存」は、単に野生動物が人間の生活を邪魔しない範囲で存在することを認める、という意味ではありません。

野生動物を私たちの社会や生態系の共同体の一部として捉え、その主体性や幸福にも目を向けることが求められています。

ここでいう「主体性を抑制する」とは、野生動物の主体性を人間が一方的に制限するという意味ではないと、私は理解しています。

人間も野生動物も、それぞれの生活を生活の主体者であることを認めたうえで、両者が同じ環境を利用する中で生じる影響を考え、人間側も自らの行動を調整する。そして、野生動物がその動物自身の生活を営む可能性をできる限り確保する、という考え方です。

私は、そこには、野生動物を単なる「資源」や「害」としてではなく、それぞれの生を独自に歩む、個々の存在として捉える姿勢があると考えています。

相手の存在や、その動物自身の暮らしを大切にしようとするからこそ、人間の都合だけを理由に、その存在を排除したり、一方的に奪ったりすることを避けようとすることができます。

私にとって「排除しない」ということは、単にそこに存在することを許すという消極的な意味ではありません。

その存在を、人間の都合だけによって否定してはならないものとして認めることです。

だからこそ私は、野生動物との「共存」を考えるとき、そこには相手への尊重という倫理的な姿勢が必要だと考えています。


「共生」と何か

次に「共生」について考えてみます。生物学で言う共生と、一般社会で使われている共生には少し違いがあります。

「共生」はもともと生態学上の専門用語で、「生まれ育ちが違う異質なものが共存するという意味」(*4)であり、2種類以上の異なる生物種間の密接かつ長期的な関係と定義されています。

しかし、生物学的な共生の中にも、相利共生・片利共生・寄生・捕食など多様な形が存在します。互いに協力し合う場合もあれば、相手を利用する場合もあり、必ずしも関係者全員にとって有益とは限りません。

社会の中で「人と野生動物の共生」と表現される場合、生物学上の共生(symbiosis)を厳密に指しているわけではありません。むしろ、人間と野生動物がそれぞれ存在し続けられるような関係や社会を目指すという、社会的・政策的な「理念」として使われています。したがって、「人間とシカが共生する」というのは、「生物学的に相利共生している」という意味ではありません。

社会的な文脈における「共生」は、単に仲良くすることだけを意味しません。たとえば「多文化共生」であれば、単に隣に住むだけでなく、地域行事や対話を通して共に新しい地域社会を作っていく取り組みを指します。「自然との共生」であれば、人間が自然の循環の一部として関わり、持続的なつながりを作っていくことを意味します。

つまり「共生」とは、相互作用があり、関わり合いの中で新しい価値観や循環が生まれる、より能動的で持続的なつながりを指す言葉です。

元々は生物同士の関係を表す概念だった「共生」が、社会の中で倫理的な意味を持つ言葉として適用範囲を広げてきたと言えます。現代社会において共生は、「どう一緒に存在するべきか」という、相手とのより密接な関係性の規範(倫理)を含んでいます。


共存と共生は対立するのか:共存あっての共生

では、「共存」と「共生」は対立する概念なのでしょうか。

私は、必ずしもそうではないと考えています。上述のとおり、むしろ両者は切り離されたものではなく、重なり合いながら地続きになっている概念として捉えることができます。

「共存」は、複数の存在がともに居ることを基本としながら、そこにどのような関係性を築くかによってそのあり方が変わっていきます。私が考える野生動物とのあり方は、まさに「共存あっての共生」です。

まず、相手の存在を認め、人間の都合だけを理由に排除しないこと(同じ時間・空間で共に生きる関係)。そのうえで、「どうすれば人間と野生動物が互いの存在を脅かさずに暮らせるのか」を考えていく。

私とって「共存」とは、野生動物を一方的に評価するのではなく、かれらもまたこの世界に存在する主体であることを認め、ともに存在できる道を模索することです。そして、その共存を土台とし、野生動物たちの暮らしや利益に目を向けながらよりよい関係を深めていくこと。それが私の考える「共生」です。

つまり、「共存か共生か」という二項対立ではなく、「排除しない共存を土台として、その上に相手とよりよい関係を築いていく」という捉え方です。

「共生」とは、反省的な実践を継続するプロセスであり、「達成可能なゴール」ではなく「過程」として位置づけられるという考え方があります(*1)。そうであるならば、共生とは完成された到達点ではなく、異なる存在とのよりよい関係について考え続けるいとなみと言えるのではないでしょうか。

人間と野生動物との関係においても、私たち人間が一方的に「正しい関係」を決めて終わるのではなく、かれらの存在を理解し、暮らしに寄り添いながら、よりよいあり方を模索し続けていく。

属性の異なる他者への尊重を軸に、思考を深めながら、私たちが目指すべき共存・共生の姿に一歩ずつ近づけていけたらと思っています。




参考文献
*1 橋本憲幸 「共生の再定義ー反差別の声と社会的カテゴリー」
*2 Khaminwa, Angela Nyawira. "Coexistence." Beyond Intractability . Eds. Guy Burgess and Heidi Burgess. Conflict Information Consortium, University of Colorado, Boulder. Posted: July 2003 <https://www.beyondintractability.org/essay/coexistence >.
*3 William S. Lynn a d 1, Liv Baker b d 1, William T. Borrie c d 1, Adam P.A. Cardilini c d 1, Shelley M. Alexander h, Simon Coghlan g, Paul Cryer n, Gavin T. Bonsen o, Tristan T. Derham d e, Oded Keynan f, Christine M. Reed d i, Sophie Riley j, Erin A. Ryan k, Francisco J. Santiago-Ávila d l, Kristen Walker k, Amaroq E. Weiss m, Nadia Xenakis k Biological Conservation Compassionate conservation in practice: A values-driven, interdisciplinary, pluralistic, and deliberative community ScienceDirecthttps://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0006320725000394

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0006320725000394

*4 「二十一世紀を『共生の世紀』に」「『共生とは何か』著者松田裕之九大理学部助教授に聞く」updated on February 7, 1997、横浜国立大学

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