約500頭のシカの群れの動画から考えることーなぜ私たちは自然の姿に「異常」を感じてしまうのか?

2026年08月29日

昨日、環境省「南アルプス国立公園」の公式Instagramで、ヘリコプターから撮影されたシカの大群の動画を目にしました。本日には東邦航空株式会社の公式X(旧Twitter)でも同様の動画が投稿され、SNS上で大きな話題となっています。

撮影場所は、長野県の南アルプスと中央構造線の間に位置する二児山のササ草原。山小屋への資材搬送の際に撮影されたもので、オス・メス・子ジカを合わせた約500頭ものシカが集まっていたそうです。


「驚愕」「ホラー」SNS上の過剰な反応の正体は?

この動画に対し、SNSでは実にさまざまなコメントが投稿されています。その中で特に目立つのは、圧倒的な数のシカたちが群れる様子に対する驚きや戸惑いの声です。

「ホラーだ」「多すぎる」「異様な光景だ」「驚愕」「尋常じゃない」などといった言葉が並び、多くの人々が無数のシカの存在に対して強い衝撃を受けている様子が窺えます。

SNSというメディアの特性上、こうしたインパクトのある情報は短時間で一気に拡散され、特定の感情や印象が一人歩きしやすい側面があります。しかし、私たちはここで一度立ち止まり、冷静に事実を見つめ直す必要があるのではないでしょうか。


なぜ私たちは「シカの群れ」に

異常さを抱くのか?

約500頭のシカが一度に集まっている光景を見て驚くこと自体は、人間の感覚として自然なことなのかもしれません。なぜなら、私たちは日常的にそのような光景を目にすることがほとんどないからです。人は「見慣れない状況」に遭遇したとき、それを「異常な状態」と捉えてしまいがちです。

さらに言えば、私たちがこの光景を見て強い「危機感」を抱く背景には、あらかじめ「シカは生態系を破壊するものだ」という一般的に言われている情報やイメージが刷り込まれている影響も大きいと考えられます。「環境を脅かす存在」という事前情報が脳内にある状態で大群の映像を目にするため、単なる驚きを超えて「恐ろしいもの」「早急に排除すべき危機」として認識してしまうのです。

しかし、冷静に考えてみてください。動物が群れを作ることは決して珍しいことではありません。私たち人間もまた、何千・何万という単位で集まり、社会を形成して暮らしている動物の一種です。自然界において、ある種の動物がある程度の規模の群れを形成することは、生態学的にごくあり得る姿です。野生動物たちは、自然環境の変化やそこで起こっていることに反応をしているだけであり、「異常」な野生動物たちはいません。

それにもかかわらず、多くの人がこれを「異常」と捉えてしまうのは、私たちの側に「野生動物の数はこれくらいであるべきだ」「シカの数は少なければならない」という人間中心の先入観が潜んでいるからではないでしょうか。

自らの想定や見慣れた光景から外れたとき、人間は即座に「これはおかしな状態だ」と判定し、解決策として「捕殺して数を減らさなければならない」という思考へと直結させてしまいがちです。

しかし、前提となる認知そのものが人間本位の偏ったものであるならば、導き出される対策もまた、自然の根本から外れたものになってしまいます。


自然界に「固定された適正個体数」は存在しない

そもそも「野生動物の数が多い/少ない」という評価自体が、人間側の都合や尺度に過ぎません。地球上の生態系という巨大なシステムにおいて、あらかじめ厳密に固定された「絶対的な適正個体数」など存在しないのです。

例えば、シカによる植物の採食や植生の変化も、自然環境におけるダイナミックな変化プロセスの一部です。「特定のお花畑を残したい」「かつての風景を再現したい」と望むのは人間の願望や価値観であり、それはシカという動物自身の問題ではなく、人間側の都合だと言えます。

また、「大型捕食者(クマなど)が減ったからシカが爆発的に増えた」といった言説もよく耳にします。単純な「食べる・食べられる」の捕食関係だけで個体数が調整されていると捉えがちですが、近年の海外の研究では、野生動物の個体数変動には多様かつ複雑な要因が絡み合っており、単純な1対1の構図では説明できない事例が数多く報告されています。

個体数の増減は、気象、植物の生長、病気、地形など、無数の要素が織りなす生態系そのものの営みです。その自然なプロセスや歴史を、人間が都合よく作り直すことはできません。人間が一方的な基準で個体数管理として介入することは、自然環境が本来持っている複雑なバランスをかえって崩すことにもなりかねません。


私たちが真に向き合うべきは「人間活動の影響」

山奥深く、人間があまり立ち入らないような環境で静かに生きている野生動物たちに対し、安易に「増えすぎたから駆除すべきだ」と考える前に、自然環境の状態を考えるのであれば、私たちがまず直視すべきなのは「人間自身の活動が自然に与えている影響」です。

野生動物たちの行動範囲や生息密度、さらには個体数の変化は、森林開発や農地利用、温暖化などの人間活動からきわめて大きな影響を受けています。シカという種だけを問題視して排除しようとするのではなく、人間のどのような活動が、どの程度、どのような形でかれらの生活や生態に影響を及ぼしているのかを客観的・学術的に調査・分析することこそが先決です。


おわりに

画面いっぱいに広がるシカたちの姿に、最初は圧倒されるかもしれません。しかし、刺激的な映像やシカたちに対して一般的に言われている世間のイメージに流されて(同調圧力)過剰反応を起こすのではなく、まずは一歩引いて、自然界の営みをありのままに客観視する姿勢を持ちたいものです。

人間側の物差しや先入観を一旦外し、自然環境とそこに生きる生命の姿をありのままに捉えること。それこそが、野生動物との健全な関係性を考えるための第一歩となるはずです。

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